けっこう前の話だけれど、テニスの全豪オープンがやっててずっとそれを見ていた。テニスの試合は信じられないくらい長くて1試合3時間以上になるので、昼間から見ていて11時くらいになっても、まだテニス中継は続いていた。
僕が好きなボクシングは、最長の世界戦でも1R3分12Rで、各ラウンドのインターバル1分。1時間もかからず、試合は終わるのだ。15R制の時代もあったのだけれども、それでもテニスに比べれば圧倒的に少ない。あの永遠に続くかのようなラリーは、普段ボクシングしか見ないような人間にとってはかなり辛い。でも、どんなスポーツにもそのスポーツなりの魅力があるわけで、僕の中でぐっと来るところはあった。
真っ青なテニスコートに、まだ熟し切っていないライムのような色をしたボールが転がっている。全豪オープンは想像を絶するような暑さのなかで行なわれたのだが、その特別な空間のなかで全ては涼しげだ。イギリス出身の若い女性テニスプレーヤーが現れる。そのぴっちりと体にまとわりついたユニフォームから覗く汗のたまった胸の谷間や、サーブを打とうと前傾姿勢になった瞬間に見えるしなやかな脚の筋肉は健康的な官能美に満ちている。
ボールボーイの子どもたちは、そのリゾート地のようなコートの隅でじっと待機している。そして、選手が打ったボールがネットに引っかかり、コート中央に落ちた瞬間、ボールの元へと跳んでいく。彼らはまるで、ハンモックで眠る美女の手から滑り落ちた食べかけのレモンを手に入れようとする少年のようだ。
このコートのなかで行なわれる戦いは、観客も含めた大掛かりな芝居のように見えた。あのラリーも続けば続くほど、コート上の2人は共闘しているのではないか?このテニスという汚れ一つない、流れ落ちる汗がコートに落ちた瞬間にダイヤモンドへと変わるような、美しいスポーツを完成させるための営みなのではないか?と錯覚してしまう。
ボクシングは、あの30分強の時間内で、リング中央にいる男たちの生死が決まるようなスポーツだ。比喩ではなくそうなのだ。華々しいノックアウトの影に引退を余儀なくされた男が、激しい打ち合いの末に後遺症を背負っていく男がいる。負けることで全てを失う人間がいる。
テニスはボクシングとは全く無縁のスポーツなのだ。僕はテニスに驚嘆し、畏敬の念すら感じるのだが、あまり近づきたいとは思わない。ボクシングにどっぷり浸かる人間とテニスにどっぷり浸かる人間は、根本的に相容れないのかもしれない。
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