2011年11月11日金曜日

エデンの東

ジェームスディーンという役者の非凡さに改めて慨嘆しました。畑の中をぴょんぴょん飛び回る肢体、酒を飲み干す時の手、父の愛を欲して泣き叫ぶ時の顔、やり場のない怒り、ディーンの身体の隅々までが演じていると言いましょうか、素で演じるとよく言いますけど、そんなもんではないんです。映画の中で青年を演じさせたら、ディーンに並ぶ俳優はなかなかいないと思いました。今ぱっと思い浮かぶのは、リバーフェニックスくらいでしょうか。
粗暴な感じを出すことはさして難しいとは思いません。弱々しい感じを出すのも難しいとは思いません。ディーンは立っているだけで、そこにいるだけでもう人間の存在の悲しみを表現してしまうような人だと思います。
映画の特徴も『エデンの東』のクライマックスシーンもそうですが、『理由なき反抗』においても、最後はハッピーエンドでもない、バッドエンドでもないような微妙な終わり方をしていると思うのです。前者の作品では父親は卒中で不随、兄は狂って戦争に参加するのですが、そばには最愛の女性がいますし、父親とも和解するのです。後者では、仲間のプレイトーという少年は殺されますが、やはり最愛の女性と父親を獲得するのです。獲得と喪失という背反する要素があるのです。これがディーンという憂いを帯びた存在によって、結果的には悲劇的な
ものを超えた微妙と言わざるを得ないところまで到達してしまうのだと思います。
後のアメリカンニューシネマとは、まさにこういった微妙な部分を図式化、可視化するようなものであったのかもしれないと僕は密か思っています。でも、結局アメリカンニューシネマの時代にジェームスディーンのような俳優はいなかったがために、妙に悲劇的な作品ばかりが出てしまったのでしょうか。

2011年10月17日月曜日

コレラの時代の愛

 何気なくテレビを付けると『コレラの時代の愛』を放映している。こういうことが非常に多いので、いつも断片的に見ている。もう4回くらいこの映画に鉢合わせたが、いつも途中で見るのをやめてしまう。私は映画を途中から見ることが許せないので、偶然放映していた映画を最後まで鑑賞することはほとんどない。ただ4回も偶然が続いた『コレラの時代の愛』は、かい摘んでだが全編を見たといってもいいかもしれない。 
この映画の原作はガルシアマルケスの著作である。彼のことは『百年の孤独』で知っている人が多いだろう。僕も『百年の孤独』は2年前くらいに読んだ。当時の私は米作家のウィリアム・フォークナーに傾倒していて、その関連でガルシアマルケスに出会ったのであった。   フォークナーは南部アメリカの地縁、血縁に縛られる人々を描いた。過去に囚われる人間を扱う作品は無数にあるが、フォークナーの描く過去とは超克することができないほど巨大なものだ。それは決して消し去ることができないが故に人々を苦しめる。ただ過去が終わったもの、つまりは横たわる死として描かれるだけではなく、数多の犠牲の中で光る一筋の希望を描くことも忘れない。フォークナーにとって過去とは、人間を前進させるための、生に導くものでもあるのだ。
ガルシア・マルケスの『百年の孤独』でもフォークナーの特徴である地縁や血縁を背負う人々が描かれている。しかしフォークナーほどの重たい雰囲気はなく、過去はもっと神話的な、南米特有の魔術的な雰囲気を含んでいる。フォークナーは難解な作家と言われるが、マルケスはこのマジカルな味付けによって世間に広まったのであろう。
『コレラの時代の愛』の主人公も過去に囚われながら生きる男だ。初恋の人が忘れられず、彼女と婚約するまでは貞操を守ることを誓う。しかし、恋人は裕福な医者と結婚してしまうのである。実際、彼は貞操を守るどころか、多くの女性とやりまくる。出てくる女性はみんな美人で、中には『マルホランドドライヴ』に出ていた女優もいたと思う。もしかしたら、美女たちと主演のハビエル・バルデムの絡みがこの映画の最大の見せ場かもしれない。
多くの女性と関係を持つけれども、やはり彼の心の中にいるのは初恋のひと。オンリーユー。なんて臭いんだ。ただ僕はこういう馬鹿みたいにロマンティックところが好きだ。『グレートギャツビー』、イェーツのロマンティックな詩のような要素があるのが良い。恋は人を狂わせる。イェーツはひとりの女性が忘れられず、生涯独身を貫いた。フィッツジェラルドの作品には最愛の妻ゼルダの影。青年が一度は憧れる純愛、退廃的なロマンティシズムがこの映画に彩りを与える。 
最後は、70歳を過ぎた2人が再会し、50年間の想いは遂げられる。結末にどうこういいたくないが、個人的にはギャッツビーみたいな苦い結末を迎えるほうが好きだ。あと、老人2人のベットシーンには賛否両論ありそうだ。初恋のひとの垂れ下がったおっぱい。なんとも哀しい。見てるときはいくらなんでもと思ったけれど、老いという消すことができない過去の蓄積を超えて繋がる2人の姿は、真実の愛を映し出しているのかもしれない。時間があったら、原作も読んでみたいと思う。

2011年10月13日木曜日

恋する原発のこと、脳みそのこと、

  最近、脳がもてはやされています。テレビでもネットでも脳に良いことをやれとか、できる人は脳が違うとか、全てを脳で理解しようとしてませんか。問題なのは、その風潮に対する相対物がないことです。テレビは視聴率がほしいでしょうから、脳フィーバーを意図的に作り上げているのかもしれません。芸能人は、場が白けないように空気を読んでるのかもしれません。
でも、脳だけで理解できるくらい人間は単純にできてないよってそろそろ言うべきでしょう。エジプトの人たちは、死者をミイラにするとき脳みそは捨てて心臓を保存したそうです。夏目漱石は頭の怖さと心臓の怖さを区別していました。脳をいくら解剖して、前頭葉の部分とか小脳の部分とかで切り刻んで可視化しようとも、見えないものは見えないと思います。漱石の心臓の怖さとは頭じゃ理解できないもっと根本的な人間存在に関わるものです。
小説『恋する原発』では、真実から目を背けようとする日本人が描かれている。チンポコやおまんこは隠され、原発のこともずっと隠してきた日本人。真実を語ろうとする人間はKYという二語で片付けられてきた現代。ある小説家は「僕はこのときを待っていた。」と震災後に書いたそうだ。スーザンソンタグは9.11の後に、テロが必要なときもあると書いたそうだ。これは全部『恋する原発』に書いてあったこと。この人たちは社会の風潮に惑わされずに自分で「考えて」いる。
脳にすべてを語らせようとする今の風潮は、震災前と変わらない自分で考えようとしない、自分の感覚を信じない日本人ではないだろうか。「僕はこのときを待っていた。」震災によって日本の隠してきたものが露になりつつある。今こそ、自分で見るべきなんだろう。そして判断しなきゃならない。これは根気のいる辛いことだし、なかなか難しいことだ。ただ震災後にかろうじて生き残る人とはこの「考える」ことを実践する人だと思う。高橋源一郎は僕らにただ「考えろ」といっているのではないか。
脳とは観念に他ならない。実際に自分の脳を自分で見ることは一生ない。そんなものを信じてどうする。脳科学者がこれはこうだと決めつけてこようと、自分の感覚、心臓に問いかけてみることを忘れてはならない。震災によって日本というイメージが脆くも崩れ去った今、僕らがまずやらなきゃいけないことだと思う。

2011年10月12日水曜日

ベルイマン

  2011年も残すところあと2ヶ月あまりとなった。今年も多くの映画を見た。ウディアレンの監督作品、ずっと見たかったフェリーニの『甘い生活』、マルクス兄弟やバスターキートンのコメディー、『キックアス』のようなB級映画も見た。
多くの映画を見たなかで、特別心に残った映画といえばイングマールベルイマンの作品である。『不良少女モニカ』、『蛇の卵』、『恥』という映画史に名を刻むクラシックを見たのだが、特に『恥』は素晴らしかった。
戦争映画でこれほど人間の真理に迫った映画があるだろうか。戦争の犠牲者である一般の人々が、外部世界の変化に応じて、自分たちの態度をも自在に変えていく。そこには強者に虐げられる弱者という単純な図式があるだけでなく、弱者は一転して強者にもなる、いわゆる「弱者の強者」が描かれている。主人公の夫婦は、必要であれば政府の味方になり、また過激派の味方にもなり、果ては敵の味方にもなる。世界の中でただただ翻弄される弱者は、どんなイデオロギーによっても色付けされていないことで、カメレオンのように立場を変えられるのである。
最後、夫婦は一人の若い兵士を騙し船に乗って亡命する。だが、船の回りには無数の死体が浮き、まるで逃げる夫婦の邪魔をするかのように行く手を塞ぐ。そんな中、婦人が夫に不可思議な夢の話をして映画は幕を閉じる。
あの夢の意味はなんだろうか。赤ん坊に言葉をかけようとしてかけられない夢。僕にはまだわからない。平和が訪れたときに、子どもを作ろうと語っていた夫婦。平和など幻想だということだろうか。
僕はベルイマンがこの映画を単なる悲劇として撮ったとは一概には言えないと思っているし、単なる戦争批判を超えたものだと思う。これは人間存在に対するベルイマンの認識である。戦争によってこの認識ができあがったのかはわからない。ただここにいるのは、戦時下であろうとなかろうとかかわらず、わけもわからず翻弄される人間の姿である。ベルイマンは彼らに同情するわけでもなく、かといって非難するわけでもない。ただ、彼は見るだけである。
それが結果的には悲劇的に感じられもするだろうが、僕にはそういった一切の観念を捨象したところに、この作品の本当の意味があると思う。
先に挙げた『蛇の卵』では、ナチズムが台頭する前夜の不穏な空気が描かれている。科学者は偉大なる目的を達成するための犠牲になる。結末が予言されたとき、その過程というものは一切意味を失う。人間もその観念の前に過程として消え去るのである。『恥』で過酷な現実の前で翻弄される夫婦も同じである。ベルイマンはいつの時代も変わらない人間という真実を掴んでいたのだろう。

2011年10月11日火曜日

モテキ

 ドラマで満島ひかり演じるいつかちゃんが、神聖かまってちゃんのロックンロールは鳴り止まないっを泣きながら歌うシーンは最高だったな。2010年に2010年のリアルを歌うドラマがあったかな。モテキのすごいところは、まさに今生きてる時代をタイムロスなく映し出すことだと思う。
 映画でも、その反射神経は健在であったと思う。大根監督はすごく日本のカルチャーを知ってるし、下北沢とか吉祥寺に生息してそうな若者たちのことがいつも頭にあるんじゃないかな。ストーリーのほうは予想通りというか、ドラマと同じような展開で特筆すべきところはない。僕は、どこで夙川ボーイズが出んのかなー、とかこんなところにこんな人出てるよすげー、とかもっぱら大根仁のセンスなのかな?にドキドキワクワクしていた。
 女優陣のキャスティングは最高だと思う。長澤まさみはとてもキュートでちょっといつもよりセクシーで、麻生久美子もねっとりした感じがよかった。個人的には仲里依紗の出番の少なさにがっかりしたが。
 今タワレコの視聴コーナーに置いてあるようなアーティストやバンドがたくさん出てきて、若干多すぎるかなと思うくらいである。でも、プロットとかに唸る映画ではないので、やり過ぎるくらいでよかったんだと思う。これはもちろんカップルで見て楽しむことができる作品ではあるけれども、一人で見に来て、サブカル好きの心をくすぐるような小ネタを探すのが楽しい作品だ。実際、Twitterに関する一連のやりとりとかはあまりに現実的で面白いし、登場人物の会話もとても生々しく、特にユキオと女優陣の会話なんかグサグサきた。
 この映画はリアルだな。今生きる若者たちのリアルが余すところなく映し出された、と色々言いたいけどもうまく表せない。クソくだらないjpopとやらが流れないだけでもう最高、ということでいいか。

2011年10月10日月曜日

PINK FLOYDは古びない


最新リマスターが発売されたPINK FOLYD。NBCの番組ではPINK FOLYD WEEKがスタートし、MGMTがLUCIFER SAMのカバーを披露した。この曲は彼らの1枚目のアルバムに収録されている。まだシドバレットがいたころである。PINK FLOYDはプログレッシブロックの枠内で語られることが多いが、KING CRIMSONやYES、ELPなどとは区別されるべきグループである。
KING CRIMSON やYESはとてもテクニカルであり、クラシックやジャズの要素が強い。隙のない構成とテクニックに裏打ちされた即興演奏、特に後期のクリムゾンなどは他者を寄せ付けない迫力がある。ロバートフリップはブライアンイーノとグループを組んでいたし、フリーミュージックのアーティストとも競演していることから、彼が常に音楽面で新しい表現を求めていたことがわかる。
PINK FLOYDの1枚目を聴けばわかるが、これはプログレとは全く無関係だ。全うなサイケデリックロックアルバムである。彼らは後に『狂気』、『ザウォール』などコンセプチュアルな大作を生み出すのだが、そこにあるのは曲の緻密な構成や技巧ではなく、西海岸の豪快なロックンロールである。ロジャーウォーターズの頭の中にあるある意味強情な観念だけが、どんどん肥大していき、KING CRIMSONが技巧に追いつめられていったように、彼らもまた袋小路に迷い込むしかなかった。山崎洋一郎氏が書いていたが、PINK FLOYDの音楽はあまりに文学的になりすぎて、もはや音楽で表現する必然性を失ったのだ。
したがって、彼らの思想的な部分は確かにプログレッシブであるが、単純にサウンドだけを聴けばとても普遍的である。僕はプログレを聴くと古臭さを感じることが多い。だがPINK FLOYDは別で、いつの時代も古びない普遍性があるのだ。現在のロックシーンの先端に位置するMGMTが彼らの曲をカヴァーするというのも、とてもしっくりくるしすごくクールだ。
 誰からもカヴァーされる曲があるけれども、カヴァーされるということはそれだけ親しみがあり、現代にも通用するタイムレスな価値観があるということに他ならない。YESやKING CRIMSONは気軽にカヴァーできないけれども、PINK FOLYDならできる。これはPINK FLOYDというバンドを表すとても良い言葉かもしれない。
ちなみに上の動画でオープンリールの楽器を操る怪しい男は、DEERHUNTERのブラッドフォードくんである。

2011年10月9日日曜日

Dirty Beaches 


Dirty beachesの佇まい。彼がステージに立つ姿はとてもクールで、悲しい。この悲しいに惹かれる。孤独がにじみ出ている。ポマードでべっとりの髪の毛を櫛で撫で付け、平たいマイクを抱え込んで、ジムモリソンのようとも、イアンカーティスとも言われる低く、たまに素っ頓狂な不安定で不穏なボーカル。白いストラトキャスターはあまり弾かないけど、ずっと首から提げている。Dirty beachesは複数形なのに彼は一人でステージに立つんだ。後ろで流れるビートは70年代後半のポストパンクから、さかのぼってlove me tenderを歌うプレスリー、バディホリーのリバーブがかかったギター、ロネッツ,シュープリームスといった柔らかなポップスまで様々な要素が詰まっている。ノスタルジー、昨今のインディーズシーンでよく耳にする言葉だ。映画のような音楽と言われるDirty beachesのサウンドもそうだろう。この映画とは例えば暗黒街の顔役みたいなノワールのことを指しているのか。
僕は彼がただのオールディーズファンであるとしたら、レコードは買うまでもなかったろう。彼の醸し出すサウンドは、彼の人生から来る匂いが多分にある。実際、彼は台湾生まれで各地を転々とする生活をしていたそうだ。アメリカやカナダを拠点にしている一方、北京のロックシーンともつながりがあり当地でライブも行っている。
彼の音楽は自分自身の人生を色濃く反映した、ごく自然に出てきたものだと思う。僕はWashed OutやDeer hunter, Beach house,Ariel Pinkといったリヴァーヴが印象的なバンドとまた違った感覚でDirty Beachesを見ている。もちろん、上に挙げたほかのバンドはそれぞれ独自のサウンドを持っていると思う。ただ中でも、Dirty Beachesは僕の感覚に触れるものが大きかったということだ。深いリヴァーヴ以上の深い孤独の闇が見える気がするのだ。

2011年10月8日土曜日

Pumped Up Kicks - foster the people




Robert's got a quick hand
He'll look around the room
He won't tell you his plan
He's got a rolled cigarette hanging out his mouth
He's a cowboy kid
Yeah, he found a six-shooter gun
In his dad's closet hidden in a box of fun things
And I don't even know what
But he's coming for you, yeah, he's coming for you

All the other kids with the pumped up kicks
You'd better run, better run, outrun my gun
All the other kids with the pumped up kicks
You'd better run, better run, faster than my bullet
x1

Daddy works a long day
He be coming home late, yeah, he's coming home late
And he's bringing me a surprise
Because dinner's in the kitchen and it's packed in ice
I've waited for a long time
Yeah, the slight of my hand is now a quick pull trigger
I reason with my cigarette
And say your hair's on fire
You must have lost your wits, yeah

All the other kids with the pumped up kicks
You'd better run, better run, outrun my gun
All the other kids with the pumped up kicks
You'd better run, better run, faster than my bullet
x1

All the other kids with the pumped up kicks
You'd better run, better run, outrun my gun
All the other kids with the pumped up kicks
You'd better run, better run, faster than my bullet
x3
foster the peopleは、カリフォルニア州ロサンジェルス出身の3人組インディーズロックバンド。Pumped up kicksがビルボードのオルタナティブソングで1位を獲得、このシングルはなんと100万枚以上売れているそうだ。ロッキングオンの中村明美氏はブログで、
『しかし正直言ってしまうと、私は完全に彼を勘違いしていた。例えば、MGMTとかヴァンパイア・ウィークエンドとか、パッション・ピットとか、ここ数年の東海岸の流れに乗って出て来た、もっとちゃらちゃらしたバンドだと思っていたのだ。まるで違ったので、本当に深く反省している。
カリフォルニア出身で、現在のツアー・メンバーは計5人。キーボードはそれより多い6台もあった!
メンバーは、むしろクリーンカットで、ヨレッとしたところがなく、ボタンダウンのシャツをきちっと着こんでいる。しかも、無駄に笑顔を振りまいたりすることもなく、とにかくそのサウンドのゆるさのイメージとは逆に、思い切りストイックに謙虚に向っているところが驚きで、そういうところから、この歓喜の超メジャー感あるダンス・サウンドを生み出しているのかと思うと、それがとてもカッコいいと思えた。』



 とその印象を正直に語っている。僕も実は同じような印象を抱いていて、初期のMGMTのようなヒッピーっぽい格好をしたインディーズオタクの変態だろうと思っていた。しかし、上のプロモーションビデオを見てその勝手な想像はすぐ吹っ飛んで、もっと野心的で真面目なバンドだということがわかった。僕が興味を惹かれるのは、曲とルックスから醸し出すメジャー感である。キングスオブレオンが今や崩壊寸前であるのを尻目に、いいタイミングで出てきたと思う。彼らは数年後には、何年か前のキラーズやマルーン5といったバンドの立ち位置に近づいているのではないだろうか。
 pumped up kicksはアンセミックでスケールの大きい曲であり、また緩くローファイな雰囲気を持った曲でもある。近年のヒットチューンのいいところをうまく取り入れている。曲の位相の真ん中に据えられたベースラインがこの曲の始まりであり、全てであるように思う。若干抑えが利いたメロディアスなラインに重なるボーカルにはラジオチューンから流れるようなフィルターが上手くかけられていて、曲の雰囲気をじわじわ盛り上げていく。そして、サビに入るとリバーヴと高いコーラスが曲を至福へと導く。口笛やボーカルのエフェクトを効果的に使っていて、女性ボーカルも重ねられているみたいだ。単純な構成であるが、サウンドの抑えた感じとサビのコントラストによってあまり単調にはならない。
 歌詞のpumped up kicksとは、かっこいいスニーカーをはいた若者のことだそうだ。そいつらをロバートというカーボーイ風の男が後ろから銃で撃ち殺そうとしている。俺の銃弾よりも早く走れ。youd better run, better run, faster than my bullet. 結構歌詞はシリアスである。これをアメリカのキッズたちが熱唱しているということ。このことは、今現在起きているウォールストリートを中心とした抗議運動と無関係ではなさそうだ。foster the peopleは格差が広がるアメリカで、もしかしたら隙間を埋めるような存在かもしれない。そのくらいスケールがあるロックバンドになってもらいたいと思う。

2011年9月28日水曜日

意味なんかいらね

 僕が最近よく思うことは、物事を始めるにあたっての動機や理由なんかどうでもよいということだ。実は、こういう思いに至るまでにかなり悩んだ。およそ2年くらいにわたって、この「理由」や「動機」というやつは、僕の頭の上に時々止まってはうるさく鳴いて僕を困らせていた。
 バイト先で出会ったバンドマンがいた。彼は大学在学中から既にミュージシャンになることを決めていたのだと、何だか自慢げ気に言ってきたことがある。今思い出したが、もう一人いたバンドマンも、他の仲間が進路に悩んでいるときに自分はこの道一本でいくことを決めていたと、これまた誇らしげに語っていた。
 この2人のバンドマンとの会話はさりげないものだったが、僕には未だに彼らの得意顔が頭に張り付いている。最初は羨ましいと思ったし、自分は未だに態度を決めかねている状態なので恥ずかしい気持ちにもなった。でも何だか腑に落ちない部分があって、それがだんだん大きくなってきて、少しずつ腹も立ってきてた。得意顔をぶん殴りたいと思った。理由はわからない。
 彼らは特権を持ってるかのように振る舞っていた。明確な理由や動機が最初からあるということに。ただ今の僕はそういう人を見て、腹も立てないし気にもしないだろう。興味がないからだ。彼らは本当に理由があると信じているのだろうけど。そんなものは人間が考え出した実存主義、構造主義、ヒューマニズムみたいな気持の悪い観念だということに気付いていない。
 僕はこの世界に意味があって存在するものなどないと思っている。ただ確実なのは、僕はただ存在していて、世界もただそこにあるということ。そこには喜劇も悲劇もない。これは実存主義のようなロマンティックなものではない。2人のバンドマンは意味を信じ、自分の存在にもいちいち意味を見出さなければ生きていけないようなケチくさい人間なんだろう。そして挙句の果てには自分を特別だと思い始めるのだ。
 先日、僕は友人に連れられて科学館に行ってきた。理科系の知識に乏しい僕はすぐに疲れてしまって、タッチパネルの画面があるコーナーに腰かけた。そこでは科学者たちの名前が表示されていて、タッチするとその人のインタビューが見れるのだ。僕は唯一知っている養老孟司の名前のところに触れた。すると項目が出てきて、その中で彼が科学者になったきっかけという項目に目が止まった。ある確信を持って僕はそれを選んだ。
 彼はぼそぼそと語り始めた。僕は小さい時から体が弱く、愛想も悪いので大学院に行くしかなかった。医学の道に進んだのも親が医者だったから。でも結局医者にはなれなかった。僕は消去法でこの道を選んだんです。とほほ笑んだ。
 何でもない数分のインタビューであったが、僕にはとてもショッキングであって、同時にとても安心した。彼は観念を信じない、決して変な意味づけをしない、頭ではなく胸の奥底で考える人だ。彼は世界をあるがままに見ようとする人間だ。僕は何にでも意味を付けて嬉しがる人間を信じない。微笑しながら淡々と話す人を信じる。そこには伝説や事件は特にない。つまらないと人は言うかもしれないが、僕はここに自由を見る。意味や動機をはく奪されてただ何かに強制されて存在している人間の姿に。

2011年7月1日金曜日

127時間

  2011年になっても未だに人類は、人生において何が一番大事かという重要な問題について、ドストエフスキーやソクラテスといった先人に頼っているように思える。いや、もうカート・ヴォネガットがいうように、ドストエフスキーでさえ不十分であるのかもしれない。
 私たち日本人、そして世界中の人々の暮らしをも変えるような事件が3月11日に起きた。これはどんな偉大な文学者でも説得できないような連中をも転向させることができたか。残念ながら、高度経済成長という父を持つ老兵たちは、黙って去ることもなく、自分たちの権益を守ることに必死なようだ。
 悲しいかな、人間というのは災厄が近くで起きても、それが自分の身に直接降りかからなければ、根本から変わることはないのだ。結局は対岸の火事。最初は少しだけ騒いで、何とかしなきゃなと思うのだろうが、時の経過と共にそんなことも忘れてしまう。元の木阿弥。
 『127時間』の主人公アーロンは向こう見ずな人間で、週末に誰に行き先を告げることもなく、ブルージョンキャニオンへと向かう。広大な自然の中で、無謀な行為をして楽しむ彼は、足を滑らせて谷底に落下。その時彼と一緒に落ちた巨石が、運悪く彼の右腕を挟んでしまう。身動きの取れなくなったアーロンはどうするのか?
 だいたいこんな筋書きの実際にあった事件である。冒頭とラストを除く物語のほとんどは、谷底で苦しむアーロンの葛藤に費やされる。この地味な物語を、1時間30分観客を釘づけにするエンターテイメントにできる監督はそうそういないだろう。それをできてしまうのが、ダニー・ボイルなのである。
 かれの凄さはオープニングの疾走感にある。『トレインスポッティング』ではイギーポップの流れる中をユアンが全速力で駆け抜けるシーンで始まる。この映画でも三分割された画がそれぞれ違った場面を映し出し、そこにエスニックなエレクトロからパンク調の曲、はたまたアコースティックギターが合わさってまるで玉虫のごとく、映像と音楽が多彩に変化していく。
 岩に腕を挟まれた瞬間にタイトルが出るのだが、これは個人的にニンマリした。とにかく飽きさせないための工夫がたくさん詰め込まれている。さすがダニー。少し音楽でごまかしていないかな?と思うこともあったが、ソフィア・コッポラほどいやらしくもない。ギリギリのラインだ。
 アーロンの人間としての変化も自然に描かれている。最初は岩に当り散らし、なんで俺がこんな目に会わなきゃいけないんだと、外側にある事物に責任を押し付ける。だが人生を振り返る中で徐々に彼は、この岩は自分を待っていたんだと思うようになる。自分の人生は、結局この岩に行きつく運命であったというのだ。宿命論といえば簡単だが、彼の場合のそれは、今までの独りよがりの人生を改めて、自分に非があることを認めた瞬間なのだ。
 終盤で彼は、とうとう自分の腕を切断することを決意する。そのとき、彼に見えるのは大切な家族、そして幼いころの自分自身の姿である。自分は独りで生きているのではない、両親に育てられた、人に支えられて生きてきた人間であることを、幼い自分の幸せな顔から悟るのである。
 腕を切断するシーンはスプラッター映画よりもよっぽど痛々しい。だがこの最大のヤマを乗り越えた瞬間は、何とも言えない高揚感がこみ上げてくる。彼は勝ったのだ、それも彼自身のためではなく、彼の大切な人たちのために。
 下手な恋愛映画や戦争ドラマよりも、人はなぜ生きるのか?意味のある人生とは何か?という永遠のテーマに対して、過程式も含めたはっきりとした解答を示している映画である。

2011年6月30日木曜日

チェイシング・エイミー

 ベン・アフレックのことが気になりだしたのは、つい最近であります。以前は顔の長いマッチョ野郎としか思っておりませんで、とても嫌いでした。出演者の中に彼の名前を見つけたら、その作品を避けてしまうくらいでありました。
 彼の印象が変わったきっかけは、『グッドウィルハンティング』でございます。ガスヴァンサント監督作、主演はマット・ディモン、名優ロビン・ウィリアムス出演、そして音楽はエリオット・スミス。失敗しようのないメンツを揃えた最高の青春映画です。もちろんベン・アフレックも出ているのですが、彼は主人公の友だち役であまり目立っておりません。
 この映画の素晴らしさは、主役のマット・ディモンとロビン・ウィリアムスら俳優陣の演技以上に、完璧に仕上げられた脚本にあると思います。よく練られていると素人の私でも感心しました。一人ひとりのキャラクターの性質や葛藤といった背景が、それが脇役であっても、ちゃんと描かれています。彼がどのような経験をして、どのような選択をするに到ったのかがちゃんと見えるのです。さきほど、失敗しようのないメンツを揃えたと言いましたが、脚本がもうまさに失敗しようのない傑作なのだと思います。
 この脚本は誰によって書かれたか?これがまた映画のような話なのですが、当時ハーバードの学生であったマットが、授業で書いたシナリオを親友のベン・アフレックに見せて、それから共同で書きあげられたものなのです。無名の若者たちの夢が詰まっているのです。ぼくはこの事実を知ってとても感動し、それからベン・アフレックに対する悪い印象が、がらりと良いものに変わったのです。(つづく)
 

2011年6月12日日曜日

ケーパース

 物語とは自分の過去を正当化することができるものだ。それは実際の事実とは関係ない、自分だけの事実だ。自分の人生を物語化することで、未来も変わる。リチャード・パワーズの言葉を借りれば、「過去とは、未来を変えるメモ書き」なのだ。人の目線なんて気にせずに自分の人生を好きなように物語ろう。そして、その物語が他者と共有されたとき、それはもう立派な文学であると思う。
 僕は平凡な大学生活を送ったわけではなかった。それは非常に楽しく刺激的な日々と、地味で恥辱にまみれた暗闇の日々をヨーヨーのように行き来するようなものだ。いや、どっちかというと、とても辛いことばかりだったかもしれない。
 僕の大学生活の全体を見渡してみて、自慢できることといえば2つある。まずひとつは本を誰よりも読んだこと、映画を誰よりも見たこと、音楽を誰よりも聴いたことである。これは誰にも負けない自信があるけれども、大して重要なことではない。僕はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前を全部言える、ただそれだけのことだ。
 僕にとっては、軽音楽サークルのケーパースに所属していたことのほうがはるかに重要である。それは、60年代のファクトリー、70年代末のロンドンのブティックSEXと同じくらい僕には意味のあるものだった。
 
 

2011年6月6日月曜日

Smith Westerns "Dye It Blonde"

“Too Fast to Live, Too Young to Die” マルコム・マクラーレン

“Forever young, forever young 
May you stay forever young”   ボブディラン       

 「23歳はもう若くはない。その頃には今より音楽で成功していたい。」メトロミックスシカゴのインタビューでsmith westernsのフロントマン、カレン大森はこう答えている。10代の漲る自信と野心、年を取ることへの恐れ、不安など相反する感情が読み取れる言葉のように思う。彼らの1stアルバムをもう一度聞き返すと、ローファイなボーカルとファズの効いたギターから、感情の摩擦のようなものを感じ取れなくはない。
 しかし、2ndアルバム「Dye It Blonde」では、ローファイなサウンドは一気に後景に退き、スプーン2杯のコーラスと少々のディレイとリバーブが入った、甘くはっきりとしたサウンドが浮かび上がっている。ここにはもう不安や恐れの感情はなく、自信と野心に満ち満ちた音楽を愛する少年たちの楽しい感情で溢れている。Wavvesらカリフォルニアガレージとは一線を画す「All Die Young」で見られる複雑な曲展開には、若さだけでは押しきれない、確かなソングライターとしての才能も垣間見える。
アルバムタイトルである「Dye It Blonde」はアルバムのラストを飾る「Dye The World」から来ている。Smith westernsは確かにこのアルバムでこの世界を全く違った色で染め上げた。しかもその色は、永遠に価値が色褪せることはない、まるで10代を象徴するかのような、ゴールドなのだ。

2011年6月4日土曜日

大英図書館でございますよ。世界史に出てくるマグナカルタがあったなあ。
僕はこの図書館で涙を流しました。何に涙を流したか、それはジョン・レノンのHELPとポールのyesterdayの歌詞が書いた紙切れ。何で泣いたんだかなあ。当時のかれらの苦悩がその紙に写っていたのか。
僕はアッシリアの壁画に見とれてしまった。ずっと足を止めて眺め続けてしまった。ライオンを狩る人々の様子が描かれている。その躍動感たるや、筋肉の伸び縮み、隆起などすべてが写実以上の迫力に満ちているのだ。ライオンの襲い掛かる表情には戦慄を覚えた。

展示物






ロゼッタストーンです。

大英博物館



 僕が最も気に入ったのが大英博物館でした。2日間を費やしてぐるぐるとバターになるくらい回り続けた。それでもすべてを見たとは言いがたい。それほどの圧倒的スケールなんですよ。
数日して爺さんたちはいなくなりました。次に来たのはこれまたオーストラリア人。でも今度は同い年くらいの若いイケメンだった。彼はすぐ消えた。最後に爽やかな握手を交わしたのを覚えている。
最後の数日は得体の知れないスーツ姿の白人と、ラテン系不良グループと一緒になった。まさにカオス。ラテン系の奴らは一切何を言っているのかわからない。毎日夜中の3時頃に帰ってきてどんちゃん騒ぎするし。悪夢でありました。

じいちゃん

アールズコートの宿は確か8人部屋くらいでした。最初は大勢の爺さんたちと一緒になった。ほとんど何言ってるかわからず。英語なんですけどね。。上の爺さんの英語は唯一わかったから、少し会話しました。オーストラリア人で、これからアメリカに行くといってた。すごいバイタリティーです。

アビーロード

 宿に荷物を置くと、僕はすぐにアビーロードに向かった。ホテルのフロントのおばちゃんに場所を聞くとあんまり遠くはなかった。セントジョンズウッドという駅で降りればいいらしい。普通の住宅街だったから、全く場所がわからず、子連れのお姉さんに聞いてやっとわかった。見た目からはあのアビーロードだとは判断できなかったろう。普通の道路だ。車の通りが多く、とてもあんな写真は撮れない。
 まん前にあるアビーロードスタジオの壁にはファンによる落書きがところ狭しと殴り書きされている。


ここで数々の名盤が生まれたのだ。。。

ロンドン旅行記

ロンドン旅行記

 最初に泊まったアールズコートのホステル入り口です。

アールズコートといえば、僕にとってはオアシスのあの写真。ノエルがバンドメンバーにスクーターをプレゼントして、アールズコートの会場前で笑ってる写真。彼らの成功を象徴する有名な一枚を思い出します。僕はこのとき、アールズコートで撮ったことを知らなかったので、地下鉄から地上に出た瞬間にあの有名な建物がどかんと眼前に出現して、本当にびっくりして感激しました。
早朝のドゴール空港です。ここからトランジットしてロンドンに向かいました。誰もいなくて怖かったのを覚えています。パリ行きの便では、フランス人の中に僕一人という感じでした。